世界が奏でる光と音楽
新宿は光と音の都市だ。新宿駅の1日の平均乗降者数は約353万人(2017年)を記録し、日々多くの人が行き交う。この都市・新宿の「さざめき」を光と音で表したのが竹中美幸の「都市のさざめき」だ。
竹中はこれまで光と影を空間的に探究してきた。初期には水彩やパステルで種子を描き、後に透明樹脂を水滴のように用いた平面・立体作品を手がけた。2013年からは映画の35mmフィルムに色彩や家具、言葉などを感光させ、展示空間の光と影の揺らぎとともに見せるインスタレーションへと展開してきた。そして今展で竹中は空間そのものを支持体に、光と影が透過、反射する空間を作り出した。
会場は、新宿パークタワー1Fの自然光を閉ざした215平米(天井高5m)のギャラリー1だ。ここで竹中は、2017年のグループ展で展示経験がある特殊照明家・市川平とのコラボレーションによって、都市の光と影、音のインスタレーションを展開する。
会場は、天井から吊り下げられた薄布がスクリーンや円柱、六角形の空間をつくる。その周囲には譜面台が点在し、新宿の10数箇所で収集した音を楽譜にして焼き付けたフィルムが張り巡らされる。入れ子構造になったこの空間に、市川による回転や上下する光を当て、新宿の雑踏に透過、反射する光と音のさざめく空間を構成するという。
本展で竹中の新しい試みはフィルムに感光された「楽譜」だ。フィルムに刻まれた五線譜の作品と言えば、35mmカメラに五線譜が印字されたフィルターを取り付け、月や鴨の飛翔を撮影した野村仁の《’moon’ score》(1975)、《‘Grus’ score》(2004)を想起する。
だが、野村の写真が自然現象の月や野性動物を通じて、人知を超えた自然の時間を視覚化するのに対し、竹中のフィルムは日常生活の営みから生まれる都市・新宿の「音」の採譜であり楽譜化だ。
光と音はどちらも現れては消える儚い現象だ。竹中は都市に現れては消えていく人や光、音から物語や気配漂うフィルム・インスタレーションへと昇華した。この「物語」は、洞窟画から江戸時代の回り灯籠、スライドショーの起源であるマジック・ランタン、映画フィルムが生み出してきた幾多の光と影のイメージを映し出す現代の写し絵(ファンタスマゴリア)だ。
今展のモチーフとなった新宿もまた変わり続ける都市だ。この街を行き交う人々と都市が作り出す光と音は竹中によってどのような二重奏(デュオ)を奏でるのだろうか。その「世界」を歩くのを楽しみにしている。
平田剛志 (プレスリリース等掲載 2019.8)